短編小説・白い哀しみ
変わり大根というものがある。何かのはずみで大根が二股あるいはそれ以上に分かれるなどして、どことなく人間の形を連想させる大根のことである。見方によっては男女の区別が付けられるものすらあり、よくできたものは地方のテレビニュースなどで取り上げられることもある。ただし、その場合もあまり下品な連想を呼び起こすものは避けられることが多く、近所の下卑た話題の範囲内に収められるのがせいぜいである。
ときは22世紀。バイオテクノロジーの進展は止まることを知らず、遺伝子組み替えの研究は前世紀の人間の想像を遙かに越えて進んでいた。その開発資源の大部分は120億にも達しようとする人口爆発を背景とした食料危機の解決、特に食肉に比べて生産に要する投入エネルギーが桁違いに低い穀類・野菜類の改良に投入された。改良された穀類・野菜類の単位面積当たりの収量・栄養価は以前の品種のそれを大きく上回り、飢えと貧困に苦しむ多くの人々を救った。
そうした品種改良の過程で非常にユニークな成果が生まれた。
南米のある国に伝わる想像上の植物がヒントとなった。それは「アルラウネ」と呼ばれる大根もしくはニンジンのような根菜で、四肢を備えた人の形をしており、ふだんは山中に潜んでいるが、付近の土中に含まれる養分が少なくなると自ら歩いて人里に降り、人間の作った畑に植わって養分を吸い取るのだといわれている。アルラウネが畑に忍び込むと養分がすっかり吸い取られて収穫が激減するため、付近の農民からは非常に恐れられた。
当時、品種改良による収量の増大は既にほぼ限界に達しており、幾何級数的に増大する人口に対して田畑の面積が算術級数的にしか増大しない絶対的人口過剰構造を抜本的に改革することが急務となっていた。一方で、荒れ地を開墾し、灌漑施設を整備し、土壌を改良してそれなりの畑とするには莫大な時間とコストが必要とされる。
これを一挙に解決するものとして開発されたのが「アルラウネ」だった。これは中国のある研究所が開発した「能動的植物」、つまり養分を求めて歩き回る植物である。植物といえば大地に根を下ろし、日光と水と周囲の土中から得られる養分だけを得て成長するものだが、アルラウネは伝説の植物同様、養分が不足するとそれを求めて自ら地表を移動するのである。
もともとは大根をベースとして開発されており、成長時の大きさは約50cmほど。根幹部の上部から2本の根が分岐し、下部の根は二股に分かれている。ちょうど人間の形である。播かれた種から成長するのは普通の大根と同じだが、飢餓状態になると土中から這い出し、四本の「手足」を動かして時速1kmほどの速度で移動する。根の先端で地表を探り、適当な場所を見つけると土中に潜り込んで養分を吸収する。まさに伝説のアルラウネそのままである。ただ、アルラウネが土中で必要とする養分は一般の植物とは異なっていたため、周囲の植物を枯らすことはなかった。
当初はキワモノ扱いされたアルラウネだったが、莫大な初期投資が必要な耕作地を必要とせず、自分で勝手に生育に適した土地を捜し歩いて成長・繁殖する簡便性はやがて大きな注目を集め、世界中の科学者が類似の研究開発に没頭した。
改良のスピードは驚くほど速かった。アルラウネは約1.5mにまで大型化され移動効率が上昇。当初は一度しかできなかった移動も、週に一度程度の頻度で1回数キロに渡って歩くことが可能となった。
驚くことに食味は普通の大根とほとんど変わりがなく、食用とするには十分だった。動く大根など食べる気になれないという意見ももちろんあったが、そうした見方は差し迫った食糧問題を前に自然に消えていった。
栽培されたアルラウネは瞬く間に増殖し、至るところに根を下ろした。既存の農作物と競合することのないよう遺伝子を設定されていたため、自然と未開墾の荒れ地や山地で増え、そうした土地でアルラウネの姿を見かけないことはほとんどなかった。
やがて生まれたのが「アルラウネ族」である。彼らは栄養価が高く、人里離れた土地でいくらでも採取可能なアルラウネを主な食料として自給自足を旨とする暮らしを送った。社会から隔絶した彼らの生活は自生するアルラウネによって支えられ、労働の必要がない理想的な生き方だと考えた多くの人々が荒野に身を投じた。
食料危機が緩和されると、アルラウネの改良は別の側面に移った。すなわちアルラウネの人間化である。胴体に四本の手足がある程度だったアルラウネに頭、指、髪などが設けられ、その後も「人間そのまま」を目指して絶え間ない改良が続けられた。
やがて、女性の姿を忠実に再現したアルラウネが生まれ、全世界で爆発的なブームを巻き起こした。テレビタレント、映画女優、有名モデルそっくりのアルラウネが登場し、コレクターは競ってこれを買い集めた。そうしたアルラウネの種は高価で取り引きされ、独自に交配した品種を売って莫大な財産を築いたアルラウネ・ブリーダーも生まれた。
そうしたアルラウネに熱中するあまり、一部の男性が人間の女性に関心を示さなくなる現象が社会問題となったのもこの頃だった。こうした状況の中でアルラウネがダッチワイフとして使用できる機能を持たされたのはある意味当然であり、その流通は公然としたものではなかったがその存在を知らない者は誰一人としていなかった。
とうとうある女性団体がアルラウネの非道徳的な利用に反対する運動を起こした。「大根は畑に」「アルラウネの人権を守れ」「植物人間のレイプ反対」などと支離滅裂なスローガンを掲げて行われたデモ行進が大々的に報道され、全国の女性の共感を集めた。そうした中からアルラウネを非道徳的に利用することを禁止する法律の制定を求める声が挙がったが、世の男性諸氏による「大根でオナニーすることの何がいけない」「大根を禁止するならコンニャクイモの立場はどうなる」といった至極真っ当な意見の前にその目論見はあえなく費えた。だが、こうした行動はアルラウネを公衆の目に触れる地上で栽培する際は、できるだけ服もしくは類似の覆いを被せることがマナーとなったという形で実を結んだともいえる。
形態の改良が一段落すると、次に開発の矛先が向けられたのは知能だった。養分を求めて移動するとはいえ、そこに知性はない。初期のアルラウネが持っていたのはごく単純な神経回路だった。
かろうじて知能らしきものがあるとはいえ、形態が人間そのままであれば感情移入の余地は十分以上にある。意味ありげな視線を投げかける、転がしたボールを追いかける、栽培者を他人と区別して認識する、プログラムされた奇妙な動作をする、その他一昔前に人工無能と呼ばれた程度の会話のやりとりが可能になっただけで、あっというまにアルラウネは「家族の一員」と見なされるようになった。
幼児程度だったアルラウネの知能が成人並に発達するのにそう時間はかからなかった。最初、アルラウネは軽い労働に用いられるようになり(人の形をしているとはいえ大根なのでその力は弱く、無理に重いものなどを持つと折れてしまう)、動作の速度が人間並みに上がって知能も遜色なくなると、大抵の仕事はアルラウネが代わって行うことができるようになった。
ここに至って社会は一変した。人間は働かずアルラウネが働く。誰もが好きなだけ趣味に興じ、遊ぶことのできる理想の社会が実現したのである。
やがてアルラウネは芸能の分野にも進出し始めた。それまでにもダンスをするアルラウネは存在したが(それでも激しい動きは苦手で、踊れる時間もそう長くなく、主流はゆっくりとした動きを基調としたものである)、演技のできるアルラウネは珍しかった。緑色の髪を除けば見かけは人間そのもので、しかも理想的な美形揃いである。テレビ、映画、舞台にと活躍する場は多かったが、添え物、脇役程度に止まり、主役を演じることはほとんどなかった。
「演技だけはだめだね。やっぱり大根役者だ」
そう呟いた誰かのことばに誰もが大笑いした。




Comments
実は、今日は大根を食いました。大根は色っぽい?でしょか、と
ジュースを飲みがてら台所にいって見て来ました。う~ん。
(最後に落ちがあるのがpfruit様らしい?)
のんびりと次を楽しみにしていますー。
Posted by: | 2003.12.12 at 01:15
緑の髪と白い肌を持つ美貌の「植物人間」……。なんか妙に魅力を感じてしまうのは単なる倒錯なんでしょうか?
大根だから寿命は春から秋まで。しかし自らの運命に疑問を持った何人かの大根たちが反乱を起こし、延命の道を求めて遺伝子技術者を襲ったりします。で、彼らを追う賞金稼ぎが雇われて……あ、これはブレードランナー……
Posted by: pfruit | 2003.12.13 at 16:35
白い哀しみ読ませて戴き、ついでにトラックバックもさせて貰いました。
異形コレクション系の匂いを感じて思わず一読。
アルラウネ自体は何も主張せずに、人間が権利保護を図っている辺り考えさせられました。
同じく小説を書いているのですが、やはりココログの幅に悩み、
突貫で作成した小説UP用のページをログにくっ付けてます。
スタイルシートは厄介者だー
それでは失礼しました。
Posted by: 甲斐ミサキ | 2003.12.15 at 00:02
幅がね-。他のココログでうまいこと伸縮する3列のがあって、そのスタイルシートをうちのに適用したら、これが思ったようにならなくて。何が悪いのか。不思議。いまだに%指定です。
じつをいうと書きながら頭にあったのはアニメ「うる星やつら」の『ドキュメント・ミス友引は誰だ!?』でした(なつかし-)。『サトラレ』みたいに「もし……だったら」というワン・アイデアを外挿してひたすら演繹するのも楽しかったし。このままじゃいつまでたっても終わらないのでオチつけて終わらせました。
怪奇幻想も少しネタがあるのでいずれ書いてupします。
Posted by: pfruit | 2003.12.16 at 01:22
adult galleries
Posted by: adult-galleries | 2004.10.26 at 03:34
初めまして、るるがと言います。
小説中心のブログを開いています。
いきなりですが、わたしのブログでは「インターネットで読む小説」という事で、インターネット上で読める小説を紹介しています。この度、小説を何本かご紹介させて頂きました。
紹介文はわたしは読んだ上で考えた物なのですが、著者コメントを載せたい、他にも不具合などありましたら、言って下さい。
良ければ、見に来て下さいね。こちらのブログもちょこちょこチェックさせて頂きます。
Posted by: るるが | 2004.12.24 at 21:50